タバコは体に悪いと言われていますが、どのように悪いのでしょうか。良い面も含めて調べてみました。
タバコのニコチンの作用
タバコに含まれるニコチンは、エストロゲンと類似の情報伝達機構を通して、神経細胞に対して有利に働きながら、このニコチンよりも海馬神経細胞に対して重要な作用を持つエストロゲンの作用を抑制します。
つまり、ニコチンは脳内で認知機能を高める・アミロイドβの沈着(アルツハイマーの原因)を抑えるなど、エストロゲンに似た働きをします。
そして本来その機能を行なっていたエストロゲンを抑えます。
しかし、エストロゲンが行なっていた、細胞の分化と増殖という新しく細胞を成熟させることはニコチンにはできず、その作用も抑えてしまうのです。
ニコチンの良い面
- ニコチンが海馬の銅、亜鉛濃度を減らし、アルツハイマーの原因であるアミロイドβの沈着を抑える
- ニコチンが海馬でIGF-1の発現を誘導させる
ニコチンの悪い面
- ニコチンは海馬神経細胞で IGF-1の発現を誘導すると共に、エストロゲン受容体の発現に抑制をかける。
- ニコチンよりも海馬神経細胞に対して重要な作用を持つエストロゲンの作用(新しく細胞を成熟させる)を抑制する。
成熟脳における神経細胞の多くは、分裂終了細胞と考えられていますが、脳室下帯、海馬歯状回などの特殊の部位では生涯を通じて神経細胞の新生が行われていることが知られています。
記憶・学習機能の維持、脳老化の進行度にも関わる、この神経細胞の新生がニコチンによって抑制されてしまいます。
その他 神経系への作用
【中枢神経系】
◆報酬系の刺激
腹側被蓋野にあるα4β2ニコチン性アセチルコリン受容体と結合し、ドーパミン、β-エンドルフィンを放出する。それにより多幸感が生じる。
これは一般に報酬系と呼ばれ、依存症を形成する。
◆認知能力の向上
41件の二重盲検研究を使用したメタアナリシスにおいて認知能力を向上させる作用があると結論付けられている。また脳血流の増加が確認された。
【交感神経系】
◆副腎髄質に作用し、アドレナリンの分泌を促進する。その結果血圧、血糖値の上昇、発汗などの現象が起こる。
医学的研究
ニコチンはADHD、強迫性障害、統合失調症、うつ病、アルツハイマー病などの認知能力および行動の制御になんらかの問題を生じる疾患および障害に対し、治療効果があることが実験結果により確かめられています。
そのためニコチンと同様の薬理作用を持つ治療薬の開発が進められ、医薬品として承認、販売されています。
ADHDなどに治療効果があるのは、エストロゲンに似た作用があるからでしょうね。
ニコチンとADHD
ADHDと診断された人の喫煙率が高いことは良く知られています。
これは自己治療仮説で最もよく説明され、薬理学的根拠と実験結果により支持されています。
ニコチンパッチの投与直後に認知能力が改善された研究報告があります。
ニコチンと強迫性障害
ニコチンが強迫行動を抑えることが示唆されています。
8週間のニコチンガムの使用によって5人の被験者中4人の強迫性障害が改善されました。
薬物を用いて強迫症状を誘発させたラットにニコチンを投与すると強迫症状が低減されました。
ニコチンと統合失調症
ADHDのケースと同様に、統合失調症と診断されている人の喫煙率は極めて高いことが20カ国以上で行われた研究によって判明しています。
2006年の米国の喫煙者の割合は全人口においては20%でしたが、統合失調症患者においては80%でした。
原因として統合失調症の症状および抗精神病薬の副作用による認知能力の低下をニコチンで補う自己治療仮説などが考えられていますが、未だはっきりした結論は出ていません。
統合失調症患者の平均寿命は健常者の80%程度と低いですが、それにはこの高い喫煙率が深く寄与していると考えられています。
ニコチンとうつ病
長期的な低用量のニコチン暴露が受容体の脱感作を引き起こし、抗うつ効果が現れることが確認されていますが、女性よるたばこの喫煙ではうつ病の罹患リスクが高まることがわかっています。
ニコチンとアルツハイマー病
ニコチンは神経保護作用によりアルツハイマー病の予防および治療効果があります。
この効果はニコチンの食欲抑制効果と関係があることが示唆されています。
アメリカ合衆国においてはニコチン性アセチルコリン受容体作動薬であるガランタミンが軽-中程度のアルツハイマー病の治療薬としてFDA承認を受けています。
おまけ ニコチン作用の二面性についての詳細
ニコチンが海馬の NMDA 受容体サブタイプの NR2B のチロシンリン酸化を促進することによって記憶能力を高めることを実証している。さらに Rosato-Siri らは、ニコチンによる海馬 CA3-CA1 シナプス可塑性の上昇に GABA インターニューロンが関与していることを示しており、Zhanaらは、ニコチンが βamyloid の沈着を抑えることによってアルツハイマー病に対して有利に働くのは、ニコチンの投与によって海馬 CAl 領域の銅、亜鉛の分布濃度が減少することによると述べている。
ニコチンが細胞 内 Ca2+ 濃度の上昇、CREB:DNA 結合活性の上昇 c-fos mRNA の発現、AP-1:DNA 結合活性の上昇という一連の反応を起こして、脳内でIGF-1の発現を誘導することが明らかにされた。
ニコチンによる細 胞内 Ca2+ の上昇を介して、MAP キナーゼカスケードが活性化され、その結果として hsp90 のアップレギュレーションを来たし、このアップレギュレートされた hsp90 がエストロゲン受容体:DNA コンプレックスを解離させることが、ニコチンが ERE結合活性を抑制する現象の具体的 メカニズムであり、このことによってニコチンはエストロゲンによる IGF-1 mRNA の発現を抑制 することが明らかになった。
ニコチンは海馬神経細胞で IGF-1 の発現を誘導すると共に、ERα の発現に抑制をかけることが分かった。
女性の閉経期以後では同年齢の男女の間では、むしろ女性よりも男性の方が体内の女性ホルモ ンの量が多いことがわかっている。
これはテストステロンが脂肪細胞や神経細胞でアロマターゼの作用によって、エストロゲンに変換されること、男性の体内のテストステロンの量の加齢による変化は、女性の閉経期以降におけるエストロゲンの体内量の減少のように急激でないことによる。
さらに最近では、雌雄を問わず海馬神経細胞の中で卵巣と同様にコレステロールからエストロゲンが生合成され、神経細胞に対してパラクリン的に働くことが明らかになっている。
成熟脳における神経細胞の多くは、分裂終了細胞と考えられているが、脳室下帯、海馬歯状回などの特殊の部位では生涯を通じて神経細胞の新生が行われていることが知られており、これらの部位での神経細胞の新生能の活性度が加齢に伴う記憶・学習機能の維持、脳老化の進行度と深い関係があることが知られている
エストロゲンは IGF-1の発現を誘導するという作用を通して、神経前駆細胞が成熟神経細胞に分化する上で細胞の増殖と分化という、一見逆方向ともとられる現象を共に促進することが出来るからである
ニコチンそれ自体はエストロゲンと類似の情報伝達機構を通して神経細胞に対して有利に働きながら、このニコチンよりも海馬神経細胞に対して重要な作用を持つエストロゲンの作用を抑制するという、ニコチンの作用の二面性が明らかとなった。
ニコチンの海馬神経細胞に対する作用を、神経細胞に対して 神経栄養因子として働いたり、認知機能を高めたりするプラスの面と、同様に神経細胞に対して有利な効果を持つエストロゲンの作用を抑制し、さらには、このエストロゲン抑制作用の結果として、発生途上の神経細胞に対して、その成熟神経細胞への分化を抑止するという意味でのマイナスの面の両面にわけて、そのメカニズムを明らかにした。